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ナズーリンのこと



 最近、別に忙しくはないのに、あまり絵を描かない日々が続いておったので、慣らしにいくつかリクエストを受けてバストアップの絵を数枚描いたんです。

したらなんかナズーリンすごい上手く描けたなっていうか、割と好評だったっていうか、やっぱ可愛いな自分の描いたナズーリン、みたいな気持ちになったのでちょっと色々語りたくなりました。


 いつもやってる「よみかた鑑」は、かたっくるしい内容になりがちで。

というのも、なるべく原作+アルファ(元ネタとか)で辿り着きうる解釈だけでまとまったことが語れるのが理想なのです。

ただ、自分が大体のキャラにしてきた役作りってほとんどが原作には無いこととか、妄想とかが入り込んでいるので、それ一切排除すると意外と言葉が出てこなかったりするんですよ。

ナズーリンもそのひとりです。

(語るとしたら軍神疑惑とか、ペルシャ関連とかその辺? にしても非常に正体不明度合いの高いキャラですよね)


 ということで、今回はナズーリンを一例として、私なりの東方キャラへの解釈の深め方プロセスみたいなものを書きたいと思います。


 

 上に「役作り」という言葉を出しました。これは演劇なんかで使う用語でして、自分が演じる役の性格から、経歴や交際など、台本では書かれていないことを役者が勝手に思い描いて、演技の質を上げていくというものです。

漫画という媒体で、他人の作ったキャラクターを動かす時に必要とされる、所謂掘り下げ、というのが、自分の場合だとこの「役作り」とかなり似ていると気付いて、それ以来私はこれを役作りと呼んでいます。

演じるわけじゃないんだけどね。


そこで手助けになるのが別の作品。これに関しては否定的な意見もあるかとは思いますが、似たような雰囲気のキャラクターを二、三参照しておくと、作品の表側に、具体的には出てこないけれど滲み出ている「深み」のようなものの理由が少しは理解できると言いますか。

これを私は「食べさせる」と言っています。

ナズーリンが食べたのは「応天の門」の菅原道真だったり、「ロマンシング サ・ガ」のゲラ=ハだったり、他にも色々です。

共通しているのは「大柄なむさくるしい連中に混じって小物らしい見た目をしているが、それに負けない大物感を、周囲とは違ったところで発揮している」というあたりかと思います。私がナズーリンに惹かれる部分ってたぶんそこなんですよね。

これらを頭で繋げておくと、漫画でナズーリンを動かす際に「なぜこの場面でこうもどっしり構えてられるんだろう」とかいう疑問に当たっても、原作だけだと至り得ない答えを持っている訳ですから、自身を持って理解できる。「思い付きで書いたこの台詞だけど地味に重みがあるなぁ」みたいなのに気づくポイントも増える。

あと凄い部分的なところですが眉毛は十二国記の楽俊から取って来てます。


食べさせたキャラがモロに出てるなと感じるのは鈴瑚ですが、それもまた語ります。


 

 役作りのプロセスで、もう一つ手助けになる(というかなってしまう)のが他人の同人作品です。

他人の解釈に安易に乗っかってしまうのは、「ネタに便乗している」ようなものなので私はあまり好ましく思っていませんが、自分なりに作者の思考をトレースできたかな、と感じた時は自然と影響されてしまうもので、そこに抗うつもりはありません。

ちゃんと「影響された」と自信を持って言えること、「便乗している」とは言わせないようなものが作れること、が指標になりますかね。

ドレミーの鼻なんかが良い例です。それもまた語ります。


 ナズーリンの場合だと、すごーーく古い作品になるんですが、こちらのイラスト。

東方にハマりたての頃にPixivで画像を集めていたときにこのイラストを見つけて、しばらく携帯電話の待ち受け画面に設定していたりしました。

当時はまだナズーリンを描いたこともなかったため、描くたびにこの絵のことを思い出したり、寺のメンバーのおはなしを考える時についつい雨宿りの情景が浮かんだり。

悪いこっちゃあないんでしょうけど、なんか悔しいよねこういうの。

他のキャラについても、描くときについ意識してしまう作品があります。初期の頃に衝撃を受けた作品だけでなく、ある程度役作りが固まった後にも関わらず根底からひっくり返されたような作品もあり。

これを「引きずる」と呼んでいます。

他の東方描いてる方のこういう「この作品のこの描写を引きずっている」みたいな話を聞くのがとても好きなんです。なんかあったら教えてください。

あとまぁ自分もこうやって誰かに引きずられるようなものが作りたいなーなんてのも考えますね、やっぱり。


 また先のイラストですが、こないだこのイラストが漫画の表紙だったことを知り、再録も上がっていたので読みました。

たまんねぇなぁ!?

ナズーリンが寅丸の天然なところに負ける、というのはナズ星好きな方の集合知のように思えるのですが、何度擦られてもこれは良い物ですね。

寅丸はナズーリンに、気に入ってもらおうと努力してるわけじゃない感じ。あくまで自然体で、去っていくナズーリンを留めようとしない。でもナズーリンは、やだやだと思いながらも寅丸のところに戻っては、失望したり、許したり、許せなくなって、でもまた頼ったり。

そういう構図ほんと素敵ですよね。

これまた引きずることになりそうだな。


 

 ということで、「大物に囲まれた小物っぽい大物」の深みを食べさせて、「失望と尊敬を繰り返し付かず離れず」の情景を引きずって、そうやって描いているのが現在のナズーリンです。

もちろんこれが全貌というわけではなく、実際に本に出して動かす際は自分自身の経験を投影したり、画面映えを意識した動きをさせたり等が必要になりますが、何か描く前の準備として役作りをするなら、こういう考え方しとくと良いよ、という話でした。


 東方知って以来、毎日欠かさずに東方のことを考えていた私が、数日間東方について全く考えなかった時期があったんですが、その時頭を東方に引き戻したのがナズ星でした。

いずれちゃんと形にしたいですね。ナズ星本。



 

#ナズーリン #感想 #雑記

 


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